エヴァ プール冷えてます
エヴァさえあれば
この記事は私の告白をシリーズで綴っているものです。
ぜひ①から順にお読みくださいね。
いじめられっ子の私がアイドルと呼ばれ応援されるようになるまで
②~「一生恨むから」~ ★イマココ
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クラスにはわたしの他にも嫌われている子がいました。
少し身体の弱いSちゃんです。
Sちゃんはわたし以上に居場所がなく、わたしほどには気が強くありませんでした。
いや、気が強い性格ではあったのですが、
わたしのようにいつも周囲に噛みつくような態度はとらなかっただけかもしれません。
我慢強く、口には出さないけれど頑固で意志の強い女の子でした。
Sちゃんとわたしは、お互いにとって数少ない友人でした。
居場所がない者同士で集まったのもありますが、マンガやゲームが好きという共通点があり、そういう話題ではとても盛り上がりました。
でも、わたしはSちゃんに対してあまり優しくできませんでした。
Sちゃんは、基本的にはおとなしい性格なのに、急にがばっと抱きついてきたり、ノリというか距離感の取り方が独特でした。
わたしはそれが嫌で、そしてたぶん過剰なくらいに言葉や態度に表してしまいました。
その他にもいろいろあったと思います。
わたしとSちゃんは同じグループとして行動する友達ではあったけれど、しっかりした関係を作れずにいました。
わたしは、Sちゃんと趣味の話をするのはとても楽しかったけれど、
嫌われ者であるSちゃんと一緒にいるのが嫌でした。
自分のことは棚に上げて、とか、そういう発想があれば、もっと違った小学校生活だったでしょう。
話していると楽しいけれど、
一緒にいたくない、一緒にされたくないとも思ったり。
自分より嫌われている子に冷たくすることで、自分の立場はまだマシだと思おうとしたり。
当時の気持ちを正確に覚えているわけではありませんが、純粋な好意だけでは決してなく、どろどろしたものを抱えていたのは間違いありません。
そんなわたしの気持ちは当然Sちゃんにも伝わっていたと思います。
それでも、
Sちゃんとわたしはたいてい一緒に行動していました。
ある日、近所の公園で他の子も一緒に遊んでいたときです。
鬼ごっこをしたり、ブランコに乗ったり。子どもらしい時間を過ごしていました。
少し疲れて休憩していたのだったか、公園にある小さな丘の上でたまたま2人きりになったとき、Sちゃんはわたしの耳元でこうささやきました。
「一生恨むから」
…まだ明るい青空の下、子どもしかいない公園に似つかわしくないセリフに、わたしは全然ピンときませんでした。
リアクションは「はぁ?」とか、そんな感じだったと思います。
Sちゃんは、「めぐみちゃんのこと、許さないから」と続けました。
なぜ、いま、突然?
さっきまで一緒に鬼ごっこしてたよね??
わたしは本当に心当たりがなく、「恨む」という強い言葉を使われたショックから、カッとなってしまいました。
何それ?どういうこと?!説明してよ!
でもSちゃんは理由を一言も話してはくれず、ケンカにすらなりませんでした。
Sちゃんとはその後も仲良しとまではいかないにしても行動を共にし、中学校でクラスが離れてからは自然と疎遠になっていきました。
結局、20年以上経った今も、「一生恨むから」と言われた理由はわからないままです。
Sちゃんにゆがんだ態度をとっていたわたしですが、このことはじわじわと応えました。
恨む。
それも一生。
そこまでのセリフ、よほどのことがない限り、言いたくないですよね。
日々たまっていたものがたまたまこのときに爆発した?
いや、直前まで一緒に遊んでいたんだから、なにかきっかけがあったんじゃ?
でも心あたりがない。本当にない。あのときは普通に遊んでいたはず。
どうして、あのとき、あんなことを言われたのか。
たしかに嫌な態度をとってしまうことはあるけど、Sちゃんが嫌いなわけじゃない。
Sちゃんだって自分からわたしと一緒にいるのに。
わたしはいったい何をしてしまったんでしょうか。
わかっていないことも問題のひとつなのだということは、なんとなくわかりました。
「不幸の手紙」をもらったときにもそんなことがありました。
何が原因なのかわからない。
一生恨むとまで言われるようなことをして、理由がわからないなんて。
そんなことって、あり?
わたしは、なにか決定的に欠けているものがあるんじゃないだろうか。
Sちゃんらしい独特な表現だったんだと流そうともしましたが、完全には流すことができず、今もこうして覚えています。
その後、わたしは中学生になりました。
ほとんどのクラスメイトは同じ中学校に進みましたが、数少ない友達でありグループでリーダーシップをとってくれていたI子ちゃんは、校区の関係で違う中学校に行ってしまいました。
その心細さと、環境の変化、
成長にともなってさすがに少しは考えてから話せるようになってきたこと、
そして
不幸の手紙やSちゃんのことを通して、
わたしはいつのまにか、
人と接するのが怖くなっていました。
コミュニケーションは下手なまま、積極的に前に出なくなっただけなので、
「思ったことをすぐ口に出すタイプ」から「間が悪くて失言が多いタイプ」になっていきました。
とりあえずやり過ごす中学校生活で、コミュニケーションがうまくなる気配はありませんでした。
とはいえ、子どもの頃から好奇心旺盛でいろんなことをやりたいタイプでしたので、ただ目立たないようにする毎日を送っていたわけでもありません。
つまらない学校生活とは裏腹に、趣味の世界は広がっていきました。
同人活動と、テーブルトークRPGです。
同人活動は、マンガやゲーム好きの仲間を学校外で見つけ、当時流行っていた「新世紀エヴァンゲリオン」
「ファイナルファンタジーVII」の二次創作をしたり、
オリジナルのイラストを自作のホームページに載せたりして楽しんでいました。
自分の絵で人に喜んでもらったり感動してもらったりできることがとても嬉しかったです。
テーブルトークRPGというのは、ゲーム機を使わない「テーブルゲーム」の一種です。
ルールブックと筆記用具とサイコロなどを使い、進行役とプレイヤーとの会話や演技によって冒険を進めていくゲームです。
今でいうと、「人狼」もテーブルトークRPGのひとつです。
自分と仲間の会話で物語がどんどん変化するのがとてもおもしろかったですし、進行役をやるときは自分で創作した物語でゲームを進められることにやりがいを感じました。
どちらもいわゆる「オタク」の趣味なので、学校のクラスメイトには言えないし、なにかの拍子にアニメ好きがばれたりするとさらに距離を置かれてしまうということもありました。
それでも、おっかなびっくり過ごす学校生活より、多少危なっかしいコミュニケーションがありながらものびのび楽しめる趣味の世界のほうが、ずっとずっと大切でした。
趣味の仲間とは、作品やゲームを通しての交流であること、何より共通の趣味があるという安心感からでしょうか、たくさんの仲間と本当に楽しい時間を過ごすことができました。
絵を描いているときも、テーブルトークRPGをしているときも、食事も睡眠も忘れて熱中していました。
絵を描いたり、物語を作って演じたり、なにかしら「表現」するのが好きなんだと気づき始めたのはこの頃です。
そして、もうひとつ。
わたしの「表現」の場は、突然、つまらないばかりだったはずの学校にも現れました。
中学校1年生の秋、
学習発表会で上演するクラス劇の主役に選ばれたのです。
演劇はこのことを境にわたしの人生の中心となっていく「表現」です。
ですが、他の2つが「娯楽」として見つけた表現であったのに対して、演劇とのこの出会いはまったく違っていました。
わたしが主役に選ばれたクラス劇は、「いじめ」をテーマにしたものでした。
準主役は「菌」と呼ばれるいじめられっ子。
主役はその子をかばって一緒にいじめられるようになる学級委員長。
その他は全員、2人をいじめるか傍観するクラスメイト。
わたしはそのいじめられる主役に
「ぴったりだから」
という理由で推薦されました。
続きます。