彼等には刻まれていたという。
おぞましい魔獣の刺青が…。
ピューマの刺青
第67話
女占い師からの刺客 二人目
神嫌いの暗殺者
―神さま―
神、
それは信じる者によって、形変わるもの、
弱い心から生まれて、
肝心な時には見えなくなるもの、
―神嫌い―
信者に埋もれた街に、神を信じる者が大勢いた。
この「後ろ髪の長い男」も、その内の一人で、神の存在を信じていた。
この男の信じる神は、二ついた。
母親が信じた十字架の神と、
父親が信じた珠の神。
どちらも人間に偽名で呼ばれ、見守るだけの神だった。
男は、心が晴れた日にはどちらの神にも感謝して、心が曇った日には、どちらの神にも救いを求めた。
曖昧だが、救われたような気でいた。
だが、歳を重ねていくと、嵐の日も増えた。
雪が吹雪のように感じた日もあった。
その度に、男は神に救いを求めた。
だが、やはり見下ろすだけで、救ってくれなかった。
嵐の日は、しばらく続いた。
そして、心を開けた友人を病気にして、
両親を遠くへと連れ去った「雪の日」。
冷たいお庭で、男は石に向かって泣いていた。
見上げると神が見えた。
だが、神は見下ろすだけ。
男は呟く。
「この世には血の繋がりのある人も、信じた日もいない、ひとりぽっちだ」と。
いるのは、のこされたクズと、見下ろしてばかりのクズがふたつ。
渦を巻くように、男の眼に憎しみが宿る。
男は、ついに叫んだ。
「こんなにも辛い想いを何度もさせる神ならばいらない、ずっとずっと信じ続けて、祈り、拝んだのに、
何百回泣いたと思ってるんだ!」
男は、泣き崩れた。
その日から男は、「神嫌い」になった。
―罰当たり信者嫌い―
男は、神を憎んだ。
神を憎めば、罰が当たると教え込まれたが、神を憎んでも何も変わらなかった。
試しに十字架を折り、珠の腕飾りを床へと叩きつけバラバラにしてみるが、どちらも人間が作ったもの。
当然、「力などなかった」
だが、神を信じる者は多い。
「信者」という者だ。
男は、信者が苦手だった。
信者たちは、自分たちが不幸でも「信じた神」には逆らわない。
そして、信者を増やそうとする。
金の為に。
神ではなく、結果、自分たちの為に。
中には、つまらない話を聞かせるだけで、金を絞り取る者もいる。
信者の上の者たちは、殺人鬼と変わらない「詐欺師」だった。
少なくとも、どこかの臆病者と、この男は、そう思っていた。
―十字架突き刺さる屋根―
十字架が屋根に突き刺さるデカイ建物の外。
男の憎しみの眼は、出入口から出ていく信者たちを見ていた。
「奴らに神などいないという事を証明したい」
救ってくれる神など、いないという事を。
男が、信者たちを見ていると、一人の女が話し掛けてきた。
「ならば、自分がされた事と、同じ事をなさい」
女の胸元には、水晶の首飾りが見えた。
「私は、あなたたちのような可能性のある人間に助言をあたえる女占い師、
あなたと同じで、神を殺した女よ、
耳を傾けるならば、教えてあげる、
神を殺す方法を」
―女占い師とピューマ―
女占い師は、胸元の水晶の首飾りを指でなぞりながら伝えた。
「水晶は伝えます、
曖昧な未来を、
神を嫌う者は、かつて神を信じ、
再び何かを信じる者、
神を殺す方法は、ひとつ、
信じる心を奪うこと、
信じる心を失えば、あなたのように、神を嫌います、
嫌われた神は、たとえ存在していても、死んだ事と同じこと、
けれど、信じた心は、取り戻すことも可能です、
神は、その時、再び微笑むでしょう、
けれど、信じる心を持つ者が死んでしまえば、話は別です、
…どうせ罰なんて当たらないんだから、
奪えばどうかしら
ドクドクとうるさい、その心臓を」
男は、眼を見開いた。
女占い師は、男へ、黒い手帳を手渡すと、微笑した。
「その紙には、あらゆる信者の情報が書かれているの、
どの信者も、それぞれの神を信じている心の弱い者、
そして、誰かが殺したい悩みの種ばかり、
バレずに殺さないと運命はそこで終わるわ、
神を殺す為に頑張って、
神嫌いの暗殺者さん、」
女占い師は、そう言って去っていた。
―神嫌いの暗殺者―
男は、「神嫌いの暗殺者」と呼ばれた。
その本名と素顔を知る者は、数少ない。
神と同じである。
男は、女占い師の助言の通りに、行動を開始した。
信者を暗殺して、あらゆる神を殺す為に。
男は、影となった。
手帳に書かれた信者たちを「ウサギ」や「シカ」と呼んで、彼等を暗殺の標的とした。
ウサギは女を指し、シカは男を指す。
ウサギやシカは各国にいる。
男は、その暗殺の舞台に合った衣装で、街中を歩き回り、標的へと近付く為の情報を収集した。
標的が心を許すように「変装」も忘れない。
標的が一人になるように仕向けて、暗殺。
絞殺。
事故死。
標的は、死を目前にして、神を見る。
だが、神は見下ろすだけ。
男は、必ず捨て台詞をのこす。
「神など、いない」と。
―薄暗い宿部屋―
黒いローブの男は、窓際まで歩いて、そこで「分厚い本」を閉じた。
そこには、「ピューマの刺青」と、黒文字で書かれていた。
次の標的は、「この神嫌いの暗殺者」
神を殺したいが為に、女占い師という邪神に心を売った、女占い師の信者。
同じ事を繰り返す愚か者。
この暗殺者も、これまでの殺人鬼たちと何ら変わらない。
黒いローブの男は、ベッドの上に用意しておいた 液体の入った小瓶を手に取ると
、小瓶を見ていた。
その小瓶のラベルには、「眠り薬」と書かれていた。
―女占い師からの命令―
男は、女占い師の助言に従い、影となり、信者たちを暗殺した。
信者が暗殺され、神も死んだ。
信者の上の者たちは苛立っていた。
邪神に心を売る者もいた。
男が、街中で手帳の内容を確認していると、女占い師が、男へ話し掛けてきた。
「素晴らしい働きよ、
神は、次々に死んでいるわ、
けれど、油断は禁物、
暗殺者もまた命を狙われる側の人間、
神殺しの前に、
黒いローブの男の暗殺を優先した方がいいわ、
彼を殺さなければ神殺しは不可能、邪魔をされるわ、
彼はあなたの油断をさそう、
余計な行動が命取り、
決して、背後を取られないように」
男は、女占い師から、新しい手帳を受け取ると、暗殺の舞台へと向かった。
―暗殺の舞台―
暗殺の舞台は、街中と宿屋。
今回は変装を行わず、旅行者として行動する。
手帳に書かれた情報によると、標的の黒いローブの男は、宿屋に宿泊中らしい。
男は、黒いローブの男を見つけると、黒いローブの男の行動を観察した。
その時に、標的の顔も覚えた。
「自分と似ていた」
黒いローブの男の行動は謎だらけ。
「分厚い本」をあらゆる場所に置いては、何かの準備を行い、
人間を殺害する。
置かれた分厚い本を置く理由は何だろうか?
…ん、また置いた。
分厚い本を開いて。誰かに見せるように。
だが、男は、余計な行動はしない。
それが命取りに繋がるからだ。
男は、黒いローブの男が、宿屋へ帰るのを待った。
宿屋への帰り道。
黒いローブの男が裏路地へと入った。
一瞬、「見失う」が、直ぐに見つけた。
男は、黒いローブの男が宿屋へ入ったのを確認すると、宿屋の主人の隙を狙って、宿屋の中へと侵入した。
男の手には、獣の尻尾のような紐。
男は、黒いローブの男が、自分の部屋へと入る瞬間を狙った。
背後から、黒いローブの男の首へグルリと紐を巻いて、強く首を締め上げた。
「ガハッ」
手から分厚い本が落ちる。
開かれたページには、「ピューマの刺青」と、黒文字で書かれていた。
男は、黒いローブの男を絞殺した。
暗殺完了。
―背後―
男は、黒いローブの男をベッドへ寝かせると、顔を確認した。
…!!
男は、眼を見開いた。
顔が違うのだ。
あの裏路地で本物と偽物がすり替わったのか、 あの男の準備はこの為か、
ならば、本物はどこに。
次の瞬間。
男は、背後から湿った布切れをかがされた。
耳元で誰かが呟く。
「失格だ」と。
男は意識を失った。
―神などいない―
どこからか声が聞こえてくる。
【神嫌いの暗殺者よ、幾つもの命を狩り取り、神がいない事を証明出来たか、
今、お前は寝台の上で、十字の板に磔にされ、首には珠の首飾りが巻かれている、
死を目前にして見るのだ、
見下ろすだけの神を」
男は眼を見開いた。
左右に首を振り、手足の状態を見る。
手のひらには矢が突き刺さり、背後の板と、男の身体を矢で繋いでいる。
足も同じ状況だった。
磔の寝台から見えたのは、あの男…黒いローブの男の姿だった。
こいつに殺される。暗殺者の私が。
黒いローブの男は、不敵な笑みを浮かべながら言った。
「救いを 求めよ」
黒いローブの男は、男の腹の上に馬乗りになると、両手を男の首へと近付け、珠の首飾りを握った。
そして、無表情で締め上げた。
男の首に、珠の首飾りが食い込んでいく。
食い込んで、真っ赤になって、目玉だけが上を見上げた。
男は、涙目でクズへと呟いた。
「神などいない」と。
―女占い師へ―
翌日。
黒いローブの男の宿泊先で、二体の死体が発見された。
一体目は、黒いローブを着た男で、首には紐が巻かれており、二体目はベッドに十字に磔にされ、こちらの死体には手足などにも矢が突き刺されており、首にも締め上げた痕があるという。
神を殺す為に、信者たちを暗殺した神嫌いの暗殺者、
その長い後ろ髪で隠された首裏には、
森林の忍、「ピューマの刺青」が刻まれているという。
黒いローブの男は、女占い師へと呟く。
「残念だったな」と。
☆
BLふーふーもよろしくお願いいたします。
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